2007年08月30日
愛の奇跡・第89話
辛いと幸せの違い(^-^)みなさん、こんにちは〜p(^^)qハザマ紅実です
昨日は朝からバタバタしておりました。
我が家の21才になる老猫みっちゃんが
歯から化膿してるらしく顔半分に膿がたまり、
いつもお世話になっている動物病院にいってきました。
膿を吸引してもらってきたのですが、歯からの化膿なので
また顔がはれてあかない目から涙がでてかわいそうです。
3日前から看病で、あんまり寝れませんでした。
でも水を飲んだり餌をなめたりして、
少し涼しくなったせいと杭生物質が効いたのか
いくらかスヤスヤ寝はじめたので
今度は西船橋にある母か入院している病院へ
妹と行きました。
母はすでに一般病棟から療養部屋の方へ移っていて
食事はもう出ないので高カロリー点滴のみで
頑張っている状態ですが
自分たちがゼリーを持っていくと
ほんの少しですが、ちゅるっと数口食べてくれます。
話しかけをしながらマッサージしたり蒸しタオルで顔をふいたり
普通の会話はできませんが、子供たちがきて
自分の世話をしてくれるのが、
少しはわかるみたいです。
アルツハイマーになってしまっても
もう寝たきりになってしまっても
母を思う気持ち、感情や思考は伝わるんだなあと
思いました。
そして病院から帰ってきて夜九時過ぎに
次回ウーマン劇場で執筆予定の
盲目の夫婦、柔道家石坂啓(あきら)さんに
電話取材をさせて頂きました(*^_^*)
あきらさんとは去年、某パーティでお会いし
お互いの夢を語り合ったり、メールで、いろんなことを教えて頂いたりしていました。
とても勤勉で誠実な方で、中学生の時。目が悪くなってからは
人生哲学の本にはまり、今は中村天風さんや小林正観さんの本をたくさん読んでいるとのことでした。
盲学校時代のお話も聞いて、そこでの柔道の先生との出会いが
あきらさんの人生を変えたそうです。
目がみえないから、普通高の人間に負けたとか
目がみえないから、あれができない、これができない!と
みえないことを言い訳にするな!
と厳しく指導され、
それからはあきらさんは常に自分の考え方や行動は
甘えていないか?
と自問自答するようになったといいます。
なので見えないことは言い訳にせず
パソコンもマスターし、 一人でどこへでもでかけ
(四歳になる娘さんから見ると「パパは本当は目がみえるんでしょ?見えないフリをしているだけなんだよね?」と思っているとか)
治療院を営んでいるあきらさんのところにくる
はじめての患者さんも
あきらさんが点字でカルテをかいているのを見てはじめて
「先生は目がみえないの?」と驚かれたそうです。
それからあきらさんが盲学校に耳にたこができるほと、聞いた話は
「何かをひとつ失うと別の何かを得る」
ということと
「辛いという字に一本線を足すと
幸せ、という字になるんだよ」
ということでした。
その一本の線というのは努力することだったり
物の見方、考え方、感じ方、を変えることだったりするようです。
そして障害者だから不幸
健常者だから幸福
ということはないんだなあ、と気付くことができ
また、努力したから幸せになれる、というものでもなくて
ある出来事を幸せと感じるか、不幸せと思うか
そういう違いが
どんな人生を築いていくかに繋がっていくんじゃないかなって。
実際目がみえなくなって、不幸のどん底に陥り
酒びたりになって家族を失ってしまう人もかなりいる中で
視覚障害をもってからパラリンピックにでるようになった人たちもいる。
その違いはなんなのか?
あきらさんは考えたそうです。
あきらさんと話しながら
自分もいろんなことを考え
ほんとにそうだよね・・ としみじみ思いました。
金曜にウーマン劇場の打ち合せがあるので
あきらさんの思いをしっかりと伝えてこようと思います。



